2011年10月26日
河辺郡嘉古村
歴史書に、初めて登場する、枕崎(鹿篭)の古い地名です。
島津氏5代太守貞久が、正平14年(1359年)に七ヶ条の置文(書置き)を定め、師久を惣領(跡取り)として、同時に10通の譲り状を認めて領地の一部を処分した。その1通の中に、
「松浦女房に、薩摩国山門院内三か村ならびに脇本村および、同国河辺郡内嘉古村」譲りその死後は惣領、師久に返還するように
と記録されているそうで、この時代ごろから一村を形成していたとのことです。
たまに、枕崎の歴史など触れるようにしてみたいと思います。
従業員Z。
次回、海幸、山幸かな~。
島津氏5代太守貞久が、正平14年(1359年)に七ヶ条の置文(書置き)を定め、師久を惣領(跡取り)として、同時に10通の譲り状を認めて領地の一部を処分した。その1通の中に、
「松浦女房に、薩摩国山門院内三か村ならびに脇本村および、同国河辺郡内嘉古村」譲りその死後は惣領、師久に返還するように
と記録されているそうで、この時代ごろから一村を形成していたとのことです。
たまに、枕崎の歴史など触れるようにしてみたいと思います。
従業員Z。
次回、海幸、山幸かな~。
Posted by 雪しずく at 21:04Comments(0)||
枕崎の歴史。|